レトロな花と虫のイラストの美しさに心を奪われます。「日本のファーブル」と呼ばれた昆虫学者がいざなう、身近な虫たちの世界。昆虫翁・名和靖のクリエイターとしての顔をご紹介。

日本のファーブル」と呼ばれた昆虫学者がいざなう、
身近な虫たちの世界

薔薇の一株 昆虫世界(名和靖)初版口絵

口絵(「薔薇の一株 昆虫世界」初版 名和靖)


 
モンシロテフ(「農作物害虫図譜」名和靖 #21)

モンシロテフ(「農作物害虫図譜」著/名和靖 画/伊藤七郎)


 

図鑑? それとも画集? 芸術作品のような美しいイラストレーションには、
知られざるストーリーが秘められていました。

昆虫研究科起業家、さらにはクリエイター
 ギフチョウの発見者として知られる名和靖の、多才な側面

テントウムシダマシ(「農作物害虫図譜」名和靖)#22

テントウムシダマシ(「農作物害虫図譜」)


 
イナゴ(「農作物害虫図譜」)#17

イナゴ(「農作物害虫図譜」)


 
ツマグロヨコバイ(「農作物害虫図譜」)#16

ツマグロヨコバイ(「農作物害虫図譜」)

表紙(「農作物害虫図譜」著者:名和靖(著作兼発行)、画:伊藤七郎)

表紙(「農作物害虫図譜」)

「農作物害虫図譜」というタイトルがあらわすように、農家の人に向けた害虫図鑑です。

 編著者は明治・大正時代の岐阜の昆虫学者で、自らを「昆虫翁(こんちゅうおう)」と呼んだ名和靖(なわ やすし)。絵は靖が依頼した画家、伊藤七郎です。
 名和靖は岐阜市にある日本最大の私設昆虫博物館「名和昆虫博物館」の創設者であり、
県の名前を冠した「ギフチョウ」の発見者※1として知られています。

名和靖 yasushi nawa

名和靖


ギフチョウ

ギフチョウ

< 名和靖 / Yasushi Nawa >

  •  江戸時代末期の1857年(安政4年)、美濃国本巣郡(現在の岐阜県瑞穂市)生まれ。岐阜農事講習所(現・岐阜県立岐阜農林高等学校)を卒業後、同校の助手や尋常中学校の教員を務めました。
  •  昆虫少年だった靖は、仕事のかたわら昆虫の研究に没頭。
  •  1883年(明治16年)に岐阜県郡上郡祖師野村(現在の下呂市金山町祖師野)で、のちに「ギフチョウ」と命名されるチョウを発見します。
  •  1896年(明治29年)、職を辞し私設の「名和昆虫研究所」を設立。益虫保護、害虫駆除、シロアリ駆除など、応用昆虫学の研究に力をつくします。
  •  1904年(明治37年)、市の招致によって岐阜公園の一角に移転しました。
  •  1907年(明治40年)に特別標本室(現在の記念昆虫館)竣工。
  •  1919年(大正8年)に名和昆虫博物館をオープン。
  •  1926年(大正15年)没。

 名和靖が最も力を注いだのが、害虫の駆除や益虫の保護といった農作業にまつわる応用昆虫学の研究でした。
この当時、農薬はまだありません。「稲にウンカが沸いた!」となれば、神社に行って虫よけのお札をもらってきた、そんな時代です。
 靖は迷信深い農家の人たちのこうした行動を否定するのではなく、「それもいいけれど、こうしたらもっと効果があるかもしれませんよ」と、昼夜惜しみなく農家の人々へ知識や技術を伝える活動を続けました。といっても、「稲が実るころ、田の水にクジラの油をまき、女・子ども総出で稲を降って虫を払い落としなさい。油にまみれた虫ははいあがれなくなるから」といった人海戦術での害虫駆除です。

 
 

息をのむような美しい蝶
 細部まで描きこまれた虫たちのイラストレーション

 靖は害虫も益虫(えきちゅう)も植物も、同じ熱量と丁寧さで語っています。

 こちらは、代表作である「薔薇(バラ)の一株 昆虫世界」(薔薇之壹株 昆蟲世界)です。

口絵(「薔薇の一株 昆虫世界」初版 名和靖)

口絵(「薔薇の一株 昆虫世界」第12版 名和靖)

薔薇の一株 昆虫世界(名和靖)12版表紙
薔薇の一株 昆虫世界(名和靖)12版奥付 
薔薇の一株 昆虫世界(名和靖)12版裏表紙

 畑の虫を丹念に観察することで得た様々な気づき。
 「薔薇の一株 昆虫世界」では、
バラの花についたアブラムシの観察を通して
昆虫と植物が互いに関わりながらつくりだす小さな宇宙をみつめます。

薔薇の一株 昆虫世界(名和靖)初版口絵
 冒頭にご紹介した初版と比べると、口絵がかなり改変されているのがわかりますね。

 当時の印刷技術で、細かくて濃淡のある色を重ね、大量に刷るのは、とても大変なもの。

 改版を重ねると、初版を請け負っていた印刷会社から「これでは採算がとれない」と断られたのか、当時創業2年目の新進気鋭の印刷会社(現在の西濃印刷株式会社)に印刷所を変えています。

 印刷会社のクライアントとしては多少厄介だったのかもしれませんが、靖の虫への情熱や、編集者としての美意識を感じます。

※白黒ですがこちらから読むことができます。
 国立国会図書館デジタルアーカイブ 「昆虫世界 : 薔薇の一株」
 ▷初版
 ▷第12版

 「薔薇の一株 ~」は単行本ですが、その後、明治30年9月から靖の死後も昭和21年まで574号続く月刊の昆虫学術誌「昆虫世界」が出版されます。

 
 
 

昆虫を食べる記事まで……!

 

当時の印刷用の版が残っていました

 名和昆虫博物館に大事に保管されていた当時の版から、ORGAN活版印刷室協力のもと、実際に印刷してみました。
美しい図柄に、ため息がでます。

 
 
 
 
 
 
 
 
 

本物の蝶で作るアートな作品も……!

 靖は蝶の(はね)の粉、鱗粉(りんぷん)を糊で紙に写し取る鱗粉転写法で特許をとっています。写真の屏風はこの技法で作ったもの。靖のクリエイティブな一面がしのばれます。

愛すべきものであり、駆除すべきものでもある「昆虫」

 昆虫少年だった靖ですから本来は虫好きでしょうが、
この時代に大の大人が昆虫を職業にするということは、
農家や社会に役立つ研究をするのが自然な流れだったのかもしれません。

 還暦の記念に、自分の研究によって死んでいった虫たちをいたむ「昆虫碑」を建物の横に建てています。

名和昆虫博物館は、虫好きでなくても楽しめる場所

 名和靖の想いは現在まで受け継がれ、岐阜市の金華山麓に建つ「名和昆虫博物館」では、貴重な標本展示などを通して昆虫に関する情報を発信し続けています。
 建物自体もフォトジェニックで、隣の記念昆虫館とともに文化財に登録されているほどです。

 アート作品のように美しい蝶や珍しい虫、身近な虫の標本まで工夫を凝らした展示品の数々。
「虫はちょっと苦手かも……」という人でも不思議な魅力に引き込まれてしまいそう。

 なかでも少しずつ色合いの違う「モルフォチョウ」の標本を集めたウォールは圧巻!

 

 また靖の命名した「ギフチョウ」の生態展示も大人気で、例年3月の初旬から4月の中旬頃まで羽化したギフチョウの姿を見ることができます。

※レッドリストの純絶滅危惧に指定されていますが,確かに太平洋側の都市近郊の生息地は開発などによって減少しつつあります。しかし,岐阜県や分布の中心である日本海側の生息地では,早春,野性のギフチョウに出会うことはそれほど難しくはありません。ソメイヨシノの開花と重なる地域も少なくないので,花見をしながら,ギフチョウの舞いを見ることができるかも。

 昆虫に親しむ「名和昆虫博物館 昆虫楽会」では、自然観察会や昆虫技術教室などの行事も行っています。
(実は筆者も子どものころに兄と入っていて、蝶をとったり鱗粉転写法を体験したりしました)

もっと知りたい方は、動画で

↓ 動画(音声が出ます)

 2017年12月に開催された「みんなの図書館・おとなの夜学」(岐阜市立中央図書館・メディアコスモス)では、名和昆虫博物館5代目館長である名和哲夫さんと西濃印刷株式会社の河野 俊一郎社長に、今回ご紹介した名和靖の知られざる側面を語っていただきました。

 昆虫少年・靖の眼を通して見る、小さな昆虫の大きな宇宙。
 まずは「名和昆虫博物館」を訪れてその魅力に触れてみてください。

名和昆虫博物館
http://www.nawakon.jp

  • 岐阜県岐阜市大宮町2-18
  • 開館日時/
    10:00~17:00
  •  水・木 休館
  •  ※祝日の場合は開館
     ※夏休み期間は無休
     ※12・1・2月は、火・水・木曜日休館
     ※団体見学のご予約は、この限りではありません。
  • 入館料/
     ◇一般 (高校生以上)500円
     ◇子ども(4歳以上)400円
     ◇一般団体 (20名以上)400円
     ◇子ども団体(20名以上)320円
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    • 注釈:
    • ※1 ギフチョウの発見者>江戸時代の本に「錦蝶」として紹介されていることから、「ギフチョウの再発見者」とされていますが、学術的には発見者で間違いありません。
    •  この名前のいきさつについても、後継者の名和哲夫さんが面白いストーリーをお話しされているので、ぜひ▷Youtube「大人の夜学」でチェックしてみてください。

    協力: 名和昆虫博物館 Nawa Insect Museum
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