〔後編〕「鮎の熟れ鮨」解禁!編
塩漬けした鮎の腹に、炊きたてのご飯を詰めて発酵させた
「鮎の熟れ鮨(なれずし)」。
保存食として発展した珍味で、
香りのよい鮎と発酵したご飯が、さわやかな味わいとなります。
お酒との相性も抜群!
秋に捕れた脂身の少ない落ち鮎を使って、「鮎の熟れ鮨」を自宅で仕込んでみました。
前回の「仕込み編」から約1年……
時は新春、新酒の季節。搾りたての地酒が手元に届きました。
さあ!相性抜群の鮎の熟れ鮨をついにご開帳だ!
どんなにうまい熟れ鮨も、樽を開ける時は閲覧注意になる!
熟れ鮨は、塩、鮎、ご飯のみのシンプルな素材を菌の力で醸すことにより、
季節性の高い川魚の保存性を高めるのみならず、
独自の酸味と旨みを作り出す人類数千年の経験の賜物です。
熟れ鮨の発酵を詳しく言うと『嫌気性』の『乳酸発酵』。
空気の嫌いな嫌気性の乳酸菌は
温度、湿度、栄養がすべて整った動物の腸という天国で
甘やかされて生きているため、とにかく貧弱です。
なので、嫌気性の乳酸菌を増やすのは、とても大変。
空気を遮断して、温度、湿度、栄養を全て整えた環境の中で発酵させなければいけません。
そのため、樽にご飯と鮎を敷き詰めたあと、
なみなみと水を入れ、空気と触れない環境を作り上げるわけです。
ところが、外部の空気に触れている水や笹、樽の表面には、
空気が大好きないわゆる「カビ」が大量に発生、
さらに表面の蛋白分には、虫が湧くことさえあり、
1年経った熟れ鮨桶の蓋の内側は、まさに地獄絵図。
しかしその内側に広がる天国では、乳酸菌の力で美味しい鮨に育っているはず……
ご開帳!!……あれ?
この時、樽を傾けず、おたまでちょっとずつ捨てていきます。
樽を傾けると、せっかくの熟れ鮨に汚い水が入り込む恐れがあります。
表面のカビとともに笹や重石を取り除き、カビが付着しないように表面を露出させます。
そして、一番上層の、水に触れていたご飯部分を取り除き、
ついに美味しく発酵した鮎が登場するはず
……あれ?
熟れ鮨は本来、塩漬けの期間を通して、細胞内部の水分を取り出し、さらに天日干しすることで鮎内部の水分をなるべく減らします。
そして、ご飯と漬け込んだ後も、上から重石を乗せることで圧縮し、
上層に張った水の浸入を防ぐのです。
完成した今、この階層から水が出てくるはずはない!
ちなみに3年ほど前、初の熟れ鮨に成功した時の写真はこちら。
3〜4か月の発酵で、ご飯も程よく形を崩し、
そして水分ももちろん出ていません。
今回は1年を越す発酵期間を経て、
ご飯は完全に原型を失っているはずが、まだまだつぶつぶしてます!
おかしい!おかしいぞ!
僕は涙目になりながら、熟れ鮨を掘り続けます。
しかし、次から次へと湧き出す水。
さらに溶けきらず形を残しているご飯つぶたち……
腐っているわけではありません。
香りそのものは熟れ鮨の香りです。
意を決して舐めてみると……
すっぱしょっぱい!
この時僕は悟りました。
失敗だったと!
この1年の発酵はムダだったと!
この犠牲を決してムダにはしない…… 失敗の原因は?
僕は慌てて、鮎熟れ鮨の名人である、川原町泉屋の泉社長に電話しました。
「水が出とる?そりゃダメだわ。重石が足らんわ」
一発KOです。なぜ僕は最初に泉さんに聞かなかったのか……
その後、いくつか失敗の原因を考えてみました。
- ・失敗の原因1 塩抜き不足で発酵が進まない
- 舐めてみて感じた「すっぱしょっぱさ」のうち、しょっぱさは、大きな問題だと思います。
おそらく、塩分を抜ききらず投入したため、発酵が抑制され、
ご飯のつぶつぶが残る状態になってしまったと考えられます。 - ・失敗の原因2 天日干し不足で水分が入った
- 思い出しました。漬け込みの当日、曇り空だったから大丈夫かなーって思ったんです。
しかも天日干し中に雨が降ってきて、慌てて取り込んだことを覚えています。
しっかり乾燥させないから、結果、水が入り込んでしまいました。 - ・失敗の原因3 重石の圧倒的な不足により、全体に水が入り込んだ
- これが最大の原因だと考えられます。
泉さんに伺うと、なんと「80kgの熟れ鮨に80kgの重石」を載せているとのこと!
今回僕は「15kgの熟れ鮨に5kgの重石」でした。
そりゃダメだわ……。
結果鮨部分が圧縮されず、上層に張った水が全体に入り込んでしまいました。
200匹以上の鮎たちと、漁師さん、お米農家さん、本当にごめんなさい。
僕は、自らの未熟により皆さんの努力をムダにしてしまいました!
次こそ、次こそは!!
今年の秋には万全の準備を整えて、熟れ鮨に挑戦したいと思います。
悔しいので、川原町泉屋で最高の鮎熟れ鮨を食べる!
ガックリを肩を落とした翌日、僕はお仕事で川原町泉屋さんに行くことになっていました。
ここぞとばかりに、改めて、本物の鮎熟れ鮨をいただきます!
右が、塩漬けから熟れ鮨漬け込みで約1年を経たオスの熟れ鮨、
左は、同様の期間で漬け込んだ、メスの子持ち鮎熟れ鮨です。
長良川の鮎熟れ鮨は、油の少ない、秋の落ち鮎のオスを使うのがセオリー。
そんな中、誰も考え得なかった「子持ち鮎熟れ鮨」にチャレンジしたのが、泉さんという男。
卵を抱えた丸のままのメスを漬け込むため、卵によって押しつぶされた内臓はそのまま漬け込むことになります。
動物は内臓(消化器官)に「消化酵素」を抱えて生きており、死んだ後もそれは残り続けます。
結果、内臓を一緒に漬け込むと、自らの肉体をその消化酵素によって溶かしてしまい、
最終的にはドロドロに溶けてしまうのです。
塩と魚のみを漬け込み、ドロドロに溶けきってしまったものを「魚醤」と呼びます。
能登のイカを発酵させた「いしる」、秋田でハタハタなどを発酵させた「しょっつる」が有名ですね。
話を戻すとこの「子持ち鮎熟れ鮨」は、同様に鮎自らの体が溶け始めています。
ですので、同じ期間を経た熟れ鮨のご飯の部分が、右のオスに比べ、左のメスのものでは、茶色くなっています。
実はこれが「うまみ」。
鮎から溶け出した「うまみ」が、発酵したご飯に滲み出て、
ここに、酸味とうまみが見事なハーモニーを奏でる、
究極の酒のつまみ「子持ち鮎熟れ鮨」が完成するわけです。
泉さんは天才です!
昨日の失敗を振り返りながら僕は、
この究極にいつ辿り着けるのか夢想するのでした。
おまけ
左:平成20年に清流めぐり利き鮎会においてグランプリを獲得した「郡上鮎」
右:「仁淀ブルー」として注目される高知の清流仁淀川の「越智鮎」
最高の鮎たちに、再起を誓う僕でした。