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ここだけ!体験

和傘の体験ができる新スポット
「長良川手しごと町家CASA」始動!

和傘や、美濃和紙を使った活版印刷など、
見て 触って 体験できる
『長良川手しごと町家CASA』をオープンします

 

 

 当サイト「‣長良川STORY」や
「‣長良川おんぱく」「‣長良川デパート」「‣ORGANキモノ
などを運営する
NPO法人ORGANの理事長、蒲です。

 すでに新聞などで報道していただいておりますが(‣岐阜新聞記事)、
古い町並みが残る岐阜市川原町の古民家を、
複合テナント施設「長良川手しごと町家CASA(カーサ)」として改装オープンします。

 和傘を中心に、
長良川流域の伝統産業の職人さんの技を直接見られたり、
商品に実際に触れ、購入できる売店があったり、
観光客が和傘づくり体験にチャレンジできたりする計画です。

 オープンは早ければ2018年夏の前あたりを予定しています。
( ※現在設計中につき、画像はイメージです )

伝統をもっと身近に。
長良川の職人技に出会える、古くて新しい拠点

岐阜市川原町の古い町並みイメージ

 場所は、岐阜市川原町の築100年以上の町家の予定です。
 見て、触って、体験して、買える、
新しいスタイルの体験工房を作りたいと思っています。

 その名も『長良川手しごと町家CASA(カーサ)』。
CASAとは家のこと。
屋根の下に和傘のみならず、提灯や活版印刷など長良川の手しごとが
共に居場所を作り、
たくさんの人を迎え入れることのできる家です。

 この岐阜・長良川界隈には、和傘、提灯、うちわなどの伝統産業があります。
長良川を通って、船で原料となる美濃和紙などを運ぶことができたので、これらの産業が発展しました。
長良川の全長166kmの中で、最大の川の湊(みなと)がここ、岐阜市の川原町(中河原湊)だったのです。

現在の構想では、
和傘や和紙製品のショールーム、
お客さんがくつろげる場所、
職人たちの共有工房などを備え、
庭では和傘干しの風景もご覧頂けたらと。

 和傘職人さんのみならず、手しごとに携わる仲間たちで、魅力的な空間を作り上げたいと思います。

和傘に触れたことがない、という人も
和傘を持って、お散歩してみると……?

人気の和傘レンタルを、もっとお気軽に

 アンティーク着物レンタル部門「‣ORGANキモノ」では、現在も日傘をレンタルしています(1,000円)。撮影の小道具として和傘を借りたいという方にも対応しています。和傘をさすだけで、ぱっと顔周りが華やぐ経験は、ぜひCASAでもご体験いただければと思います。

長良川デパートでは売れ筋NO.1商品です

 長良川の流域で育まれた本物を伝えるセレクトショップ「長良川デパート湊町店」では、多くの取り扱い商品の中、和傘がNo.1の売上を記録しています。一本¥15,000〜¥52,000という高額な和傘が、2016年の6月オープンから1年半で、のべ150本をご購入いただきました。

 若い方や外国人旅行者、芸能人など、
これまで和傘に触れてこなかった方にも岐阜和傘の魅力が伝わって、
ご購入いただいて、普段からお使いくださっているようです。

さらには、こんな体験も構想が広がり中

 CASAの可能性として、もっと深く、伝統文化を自分ごとに感じてもらえるような深いワークショップも企画できたらと考えています。

 たとえば、「和傘の糸かがり体験」。
傘を開いたときに小骨にぐるりと花のように広がる糸かがりを、職人から教えてもらって挑戦。これは、長良川おんぱく2017の体験プログラムの一つでした。

「‣女和傘職人と自分だけの和傘糸かがり体験-長良川おんぱく
 和傘は非常に多くの工程を経て作られる複雑な工芸品ですので、すべてを自分で、というのには多くのハードルがあります。
まず入門編として、美しいかがり糸を自ら仕上げる体験を実施。
自ら職人を志す若い方も参加してくれました。

 こんな、本物を味わえる体験が日常的に行われるようになるといいなあと考えています。


 

CASAは、
日本の和傘の8割を作る岐阜和傘から、
反撃ののろしをあげる心意気です

岐阜和傘のことを、もう少し詳しくお話しします

 皆さんは「岐阜和傘」っていう響き、聞いたことありますか?
 岐阜は、日本の和傘の8割を生産している日本最大の生産地なんです。ところが岐阜和傘の製造に携わる職人の数は年々減少し、今や3軒の和傘屋さん、数名の部品の職人さん、同じく数名の個人で活動する仕上げ職人さんと、産地として大きなピンチを迎えています。
長良川デパート湊町店を訪れる全国の観光客の方も「岐阜提灯ある?」などと聞かれる事は多く、岐阜=提灯の認知度は高いように感じますが、同様に岐阜が和傘産地だという事を知る人は少ないようです。

ピーク時には年間1500万本もの岐阜和傘が作られていました

 岐阜和傘は、江戸時代後期に加納(現在の岐阜市南部)藩主が奨励し、
江戸末期には年間50万本もの和傘生産がありました。

 明治には欧米で流行するジャポニスムの波に乗って世界へ輸出が始まり、
最盛期の昭和20年代にはなんと、年間1500万本もの生産があったそうです。

岐阜が和傘の産地になったわけ

岐阜でたくさんの和傘が作られたのには、以下の3つの理由が挙げられます。

  • 1.川に囲まれた(輪中)地域だったので、水辺が多く、竹が豊富に採れた
  • 2.長良川を使って運ばれる材料が豊富。美濃和紙、防水用のえごま油、竹の骨をつなぐ部品(ロクロ)の材料エゴノキが上流から供給
  • 3.複数の手づくり工程を分けることが可能だったので、生活に困った地元の武士と町民のコラボが実現

 とくに1と2の長良川の恵みによるところが大きく、いわば「長良川プロダクト」なのです。

まもなく、CASA作りのクラウドファンディング、始めます!

岐阜和傘のこと、CASAのこと、応援をよろしくお願いいたします

 『長良川手しごと町家CASA(カーサ)』を新拠点にして、
新たな和傘作りの担い手発掘や育成を進め、
長良川が誇る岐阜和傘、和紙製品のブランドを、世界に発信していきたいと思います。

 まもなくクラウドファンディングのプロジェクトもスタートします。
皆さんの応援をお待ちしております!

 

和傘特集

2018-01-01

ここだけ!体験フッター
蒲 勇介

ファシリテーター/デザイナー/プロデューサー。
郡上市に生まれ、岐阜市に育つ。
フリーペーパー「ORGAN」の取材中に出会った岐阜の伝統工芸品「水うちわ」の再生をきっかけに、長良川流域のつながりの中にこのエリアのアイデンティティを見出し、流域をつなぐ観光まちづくりに取り組む。