1300年前から続く和紙職人の息遣いを感じて

早朝、驚くほど深い霧に包まれることのある美濃市牧谷地区。山々を背に、板取川沿いに寄り添うように民家が立つこの地は、古くから独特の光沢と強さを持つ美濃和紙を生産してきた紙郷です。美濃和紙の歴史は1300年といわれ、中でも最高級の手漉き和紙「本美濃紙」の技術はユネスコ無形文化遺産に登録されています。

牧谷地区があるのは美濃市中心地から車で15分の場所。「ここで紙が漉かれたのは周辺に良質の楮が生息し、板取川や湧水に恵まれたことから。清らかな水があって、白く均一の紙が漉けます」と美濃和紙の里会館の清山健館長。美濃和紙は中世まで、武芸川流域と板取川流域で漉かれていましたが、近世に美濃市上有知が長良川の水運の拠点となると、距離が近く、より水が豊富で田畑の少ない牧谷地区が主生産地になりました。そして上有知湊から岐阜市などに運ばれ、提灯や扇子、番傘など美しい製品に生まれ変わっていきました。

「陽の光に透かすとふわふわの新雪のようでしょう。これが本美濃 紙の地合いです」。その技術を継承する美濃竹 紙工房の鈴木竹久さんが、温雅な和紙を太陽にかざしながら、目を細めて話します。江戸時代に高級障子紙と称された本美濃紙は、今も頑固なまでに同じ製法で、実直に漉かれています。

現在、牧谷で手漉き和紙を担うのは15軒。約50年前にできた、水を噴霧状に落として模様を描く落水紙や、優しい色彩のむら染の紙など多彩な和紙が日々生まれています。「皆さん工夫して和紙の可能性を追求されています」と清山館長は期待を込めます。澄んだ谷川のせせらぎや紙漉きの音、しっとりとした漉き場の風情。奈良時代から続く和紙職人の気配が、暮らしに馴染むようにこの里に染み付いています。

美濃 美濃美濃和紙の里会館 s

住/美濃市蕨生1851−3
電/0575-34-8111
営/9:00~17:00
休/火曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始、祝日の翌日
料/高校生以上500円、小・中学生250円
交/東海北陸自動車道美濃インターICより車20分
HP/www.city.mino.gifu.jp/minogami/

美濃から岐阜へ川とともに下る、美濃和紙紀行

温かみのある美濃和紙は、手触りがよく、繊維の表情も味わい深いもの。そんな和紙に出会う旅は、美濃市牧谷で手漉き和紙職人を訪ねるところから始まります。近世、漉き手から上有知の商人の手に渡り、長良川を下って岐阜の川湊へ。その道程をたどりながら、美濃和紙を感じる旅に出ましょう。

漉き手の里、牧谷で

谷川沿いの里山に、水で繊細に模様を描いた落水紙を漉く千田さんの住居兼工房があります。ツンと紙料の香りが漂う漉き場で、千田さんは桁を縦と横に揺らして漉き、それを隣の台に載せた数秒後。上から勢いよく水が噴射し、紙に落下。「これで模様がつきます」。少し大胆にも思えるこの技は美濃特有で、師匠から継承しました。「漉き手と水の美しさがマッチしていいものができるんです」。1日300枚漉くその背中は緊張感がありながら、穏やかです。

美濃和紙の里で手漉き和紙職人の工房を見学

路地から徒歩で坂を上った場所にある大光工房は、千田崇統さんが家族ぐるみで紙を漉く住居兼工房。作業場が暮らしに組み込まれた、この里ならではの空間。

漉桁を揺らして漉く千田さん。リズムカルで無駄のない動きです。手掛ける和紙は花型などの落水紙を中心に約30種類。奥さんと2人の子ども、和紙職人たちと同居。

美濃 大光工房

住/美濃市蕨生725-1
電/0575-34-0310 ※見学は要予約
営/10:00~16:00 休/土日祝
料/1組5,000円(1時間・10名以内) P/3台
交/東海北陸自動車道美濃インターICより車20分
HP/taikoukoubou.jimdo.com/


紙問屋のまちへ

牧谷から時折、深い緑色になる板取川を横目に車を走らせて、江戸時代に紙市と川湊があった城下町・上有知へ。豪商の町屋が連なる「うだつの上がる町並み」では、古くて新しい美濃和紙に出会えます。紙問屋だった旧今井家住宅の障子紙に使われている本美濃紙。柔らかな地合いや和紙越しに届く陽光に、その真価を感じます。対して、毎年催される「美濃和紙あかりアート展」の作品が並ぶあかりアート館では、切ったり、貼ったり、撚ったりした和紙の明かりに、豊かな創造性を見ます。「世界中の紙飛行機に美濃市の雁皮紙が使われてるよ」。こともなげに話すのは、町の一角にある紙飛行機専門店ヨシダの吉田さん。美濃和紙の実力に感動しながら、一路岐阜へ。

「うだつの上がる町並み」で美濃和紙の用の美を鑑賞

江戸時代に和紙などで財をなした商人の町屋が連なり、当時の賑わいを感じます。うだつとは屋根の両端を高くして火災の類焼を防ぐ防火壁のこと。美濃和紙にちなんだ施設や雑貨店なども並びます。

若手紙漉き職人による洗練された雑貨が揃います。美濃和紙で作られたふわりとした羽のオブジェを添えたカード。480円(税抜)

美濃 美濃手漉き和紙専門店カミノシゴト

住/美濃市相生町2249
電/0575-33-0621
営/10:00~17:00(変更あり)
休/月・火・水・木曜日
交/長良川鉄道越美南線美濃市駅より徒歩16分
HP/kaminoshigoto.net/

和紙の倉庫を改装した和紙雑貨店。ユニークな絵柄のポチ袋(367円)や美濃和紙書簡箋(1,080円)など、日常にふと取り入れたくなる雑貨が勢ぞろい。

美濃 和紙の店 紙遊

住/美濃市常盤町2296
電/0575-31-2023 営/10:00~17:00
休/火曜日(祝日は除く)
交/長良川鉄道越美南線美濃市駅より徒歩15分
HP/www.shiyu.co.jp/

薄くて強い美濃和紙の雁皮紙を使った紙飛行機やその資材を販売。世界中に卸ろしていますシーツーブライダー。800円

美濃 飛行機倶楽部 ヨシダ

住/美濃市2428
電/0575-33-0083
営/9:00~17:00
休/不定休
交/長良川鉄道越美南線美濃市駅より徒歩15分 
HP/www.freeplane.com/

新旧の美濃和紙を比べて

毎年秋に開かれる「美濃和紙あかりアート展」に出展された独創的なあかりアート(左)と、旧今井家住宅の障子の本美濃紙(右)。新旧の美濃和紙から、深く広い可能性を感じることができます

美濃 旧今井家住宅・美濃資料館

住/美濃市泉町1883 電/0575-33-0021 開/9:00~16:30(10月~3月は16:00まで) 休/12月~2月の火曜日(祝日の場合は開館)、国民の祝日、祝日の翌日、年末年始 料/高校生以上300円 交/長良川鉄道越美南線美濃市駅より徒歩18分

美濃 美濃和紙あかりアート館

住/美濃市本住町1901-3 電/0575-33-3772 開/9:00~16:30(10月~3月は16:00まで) 休/火曜日(祝日の場合は開館)、国民の祝日・休日の翌日、年末年始 料/中学生以上200円 交/長良川鉄道越美南線梅山駅より徒歩9分


優美な工芸品に出会う

いつの間にか水は緑から透明へと変わり、川幅も広がった長良川の河畔。金華山の麓にある川原町は、川湊だった頃の町屋が並びます。紙問屋を改装したカフェ・川原町屋でひと休憩したら、長良川デパート湊町店へ。長良川流域で作られる、しみじみと可愛い手仕事の品の中でも、一際目に留まるのが美しい和傘。職人が竹と和紙で数カ月かけて完成させたものです。もう一品は、芸術的なフォルムの提灯。彫刻家イサム・ノグチ氏が手がけた照明「AKARI」は、家庭に光の彫刻を届けます。

岐阜のかつての川湊・川原町で和紙工芸品に出会う

岐阜城を冠した金華山の麓にある川原町は、かつて川湊として人や物資が集いました。町屋を改装したカフェや土産物屋では、優美な和紙工芸品が手に入ります。

100年以上前の和紙問屋を改装したカフェ。レトロとモダンが混合した店内ではモーニングやランチも楽しめます。和紙雑貨も販売。

岐阜 川原町屋

住/岐阜市玉井町28 電/058-266-5144
営/9:00~19:00
休/年末年始  P/16台
交/岐阜バス「長良橋」下車徒歩3分
HP/www.kawaramachiya.com/

イサムノグチの「AKARI」

世界的な彫刻家イサム・ノグチ氏が、老舗提灯店オゼキの岐阜提灯の技術と、和紙を通して見える柔らかい光に惚れ込み、製作した照明シリーズ。一部は長良川デパート湊町店でも購入可。左からL8(38,000円)、1A(13,000円)、3A(22,000円)※L8のみ電球等別売り

岐阜 オゼキ

住/岐阜市小熊町1-18
電/058-263-0111 営/9:00~17:00
休/土・日・祝日(※5月上旬〜8月中旬は土曜営業)
P/5台 交/岐阜バス「メディアコスモス・鶯谷高校口」下車徒歩4分
HP/www.ozeki-lantern.co.jp/

家田紙工の水うちわ

100年以上前の和紙問屋を改装したカフェ。レトロとモダンが混合した店内ではモーニングやランチも楽しめます。和紙雑貨も販売。

江戸時代に美濃和紙や飛騨の材木などの陸上げを行った、川湊として栄えた材木町に位置します。香りをテーマに、カフェや洋菓子店、ギャラリーなどが集まります。

岐阜 ナガラガワフレーバー

住/岐阜市西材木町41-2
電/058-263-3777
営/10:00〜19:00(カフェのみ 9:00〜)
休/火曜日 P/50台
交/岐阜バス「材木町」下車徒歩3分

岐阜 長良川デパート 湊町店

住/岐阜市湊町45
電/058-269-3858
営/10:00〜18:00
休/日、月曜日
P/なし
交/岐阜バス「長良橋」下車徒歩2分
HP/nagaragawadepart.net/

和傘

熟練した職人の手で、数ヶ月かけて仕上げらます。江戸時代から続く、岐阜ならではの伝統工芸品。蛇の目傘。15,000円(税抜)

活版印刷

美濃和紙に岐阜大仏など岐阜らしいモチーフを1枚1枚手摺りしたポストカード。400円(税抜)


和紙から生まれた仏さまと出会う

そして旅の終わり。川原町からほど近い場所に鎮座する岐阜大仏を拝みに。竹と和紙などで作られた、たおやかな造形。その慈しみに帯びた表情は、長良川の豊かな恵みを静かに見守っているようです。

story_svgデータ岐阜大仏んで帰路につく

日本三大仏のひとつの正法寺の岐阜大仏。良質な竹材と粘土の上に、経文の書かれた和紙を貼り、漆と金箔で仕上げられています。穏やかな表情に、心がすっと癒やされます。

岐阜 岐阜大仏(正法寺)s

住/岐阜市大仏町8 電/058-264-2760
拝/9:00~17:00 休/無休
料/高校生以上200円、小人100円
交/岐阜バス「岐阜公園・歴史博物館前」下車徒歩5分