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白山信仰とは

水は命そのもの、人は水なしにはその身体を維持できないし、他の生命体も同様である。先人たちは、その水を手に入れるのみならず、そこに集う他の生き物たちの命も頂きながら、種を守り、集落を形成し、発展してきた。しかし水の豊なる地は洪水の地でもある。人々は水の神と豊穣の神を祀り、その地の祖霊たちを祀り神の恵に感謝し、恐れ敬う。最初の恵をまず神に供えて予祝を行い、身の安全や豊なる収穫を願う。やがて神の前庭は会議の場・芸能の場・男女の交流の場・市場となる。神の前庭から、その地の文化は生まれるのである。

全国一白山神社が多い岐阜県。白山文化を識ることは岐阜県の文化を識ることとも言える。

万年の雪をたたえ、白く輝く霊峰白山。岐阜・福井・石川・富山の四県に聳え立つ白山は古くから山岳信仰の霊場と仰がれ、その峰々から流れ出る水は、岐阜の長良川、福井の九頭竜川、石川の手取川、富山の庄川などの流れとなり、濃尾・越前・加賀・砺波などの平野を潤してきた。その高く白く輝く姿は海上からの目標となり、漁業や航海の守り神とも仰がれてきた。

万年の雪をたたえ、白く輝く霊峰白山。岐阜・福井・石川・富山の四県に聳え立つ白山は古くから山岳信仰の霊場と仰がれ、その峰々から流れ出る水は、岐阜の長良川、福井の九頭竜川、石川の手取川、富山の庄川などの流れとなり、濃尾・越前・加賀・砺波などの平野を潤してきた。その高く白く輝く姿は海上からの目標となり、漁業や航海の守り神とも仰がれてきた。

白山美濃馬場長瀧は千三百年の昔、越前の修験僧「泰澄」の開山と伝わり、鎌倉時代の最盛期には六谷六院満山衆徒三百六十坊と称され旧高山市を含む飛騨の国の西半分、一万三千石が神領であった。白山の「白」の意味する霊性(清浄・無垢・再生など)は多くの人々を白山へいざない、室町時代に入ると「上り千人、下り千人、笠の端もふれ合う」と言われるほどのにぎわいをみせた。

美濃禅定道

白山の麓に開かれた三馬場はそれぞれに発展をし教団化し宗教都市を形成する。殊に美濃馬場長瀧では広く東海・関東に信者を抱え、美濃禅定道(参詣道・登山道)は大いににぎわったと伝える。

今日もなお、長良川沿いには多くの神社・寺院や遺跡・古道が残されており、先人達と同様の道筋を辿ることが出来る。

白山信仰と3つの馬場

洲原神社

奈良時代に泰澄大師が創建したと伝えられ、白山信仰の前宮として崇められる神社です。古くから縁結び、子授かり、農耕の神としても尊ばれ、全国から参拝者が訪れます。「神の岩」や奇岩が散在する長良川をのぞむ桧皮葺の楼門や、立派な本殿は必見です。

TEL.0575-32-2363
住/美濃市須原468-1-1
御朱印/常時 P/あり
交/長良川鉄道洲原駅より徒歩5分
HP/http://www.suharajinja.com/

長滝白山神社

泰澄大師の創建以来、白山信仰の拠点「美濃馬場」として栄えてきた白山中宮長瀧寺。明治時代の神仏分離の際に長滝白山神社と長瀧寺に分かれましたが、今も神仏習合の姿を留めています。毎年1月6日には拝殿で「六日祭(花奪い祭り)」が行われます。


TEL.0575-85-2023
住/郡上市白鳥町長滝138
御朱印/要事前連絡
交/長良川鉄道白山長滝駅下車正面
P/50台

白山中居神社

景行天皇の御世にイザナギ、イザナミを祀ったのが始まりとされ、泰澄大師が養老年間に社域を拡張したと伝えられています。境内は樹齢200~1000年を数える杉の大木に囲まれ、本殿の彫刻「粟に鶉」「竜と脇障子」をはじめ、多くの重要文化財を所蔵しています。


TEL.090-8862-8483
住/郡上市白鳥町石徹白3-48
御朱印/要事前連絡
交/東海北陸道白鳥ICより車40分
P/20台

石徹白(いとしろ)大杉

推定樹齢1800年、周囲は約13mを超える。古くから白山信仰の参拝者を見守り続けた、神聖な巨木が今も静かにそびえています。

阿弥陀ケ滝

白山信仰の霊場のひとつで、「日本の滝百選」「岐阜県名水50選」にも選ばれた落差約60mの名瀑。

岐阜城

信長の時代、山頂に「上之権現」と呼ばれる白山の遥拝所か社があったという説があります。遠く北天に輝く白山に向かい、武運長久・天下布武を祈願する信長の姿が思い浮かばれます。

こちらもおすすめ

星宮神社

円空はかつて星宮神社に付属して建てられた粥川寺で出家して数多くの円空仏を彫り、ここを本寺として全国に遊行へ出かけたといわれています。


住/郡上市美並町高砂1252-2
交/東海北陸道美並ICより車15分
P/70台

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高賀神社

奈良時代に創建された高賀山信仰の拠点です。平安・鎌倉時代の神仏像を収蔵する宝物殿は、無料で拝観できます。


TEL.0581-58-2295
社務所・宝物殿
住/関市洞戸高賀1217
開/8:00〜16:30
交/東海北陸道美濃ICより車40分
P/あり

白山信仰と伝説

修験僧の泰澄は一三◯◯年前、白山を開山した

白山に登って修行を重ねる泰澄は頂上の池のほとりで祈念のさなか池中より九頭竜が出現した。それを見た泰澄は、この様な荒ぶる神ではないと、更に念ずると、竜神は姿を消し、変わって十一面観音が現れた︱ (「泰澄和尚伝」より)

清少納言の「枕草子」、白山の観音に願い事

「しら山の観音これきやさせ給うなと祈るも物くるほし」 (枕草子)清少納言は内裏の庭に作った雪山が消えないようにと、白山の観音に祈りました。

仏敵と恐れられた信長。実は白山信仰だった!?

信長は長瀧寺に、信長自身が使用している膳椀と軍配を贈りました。フロイスの『日本史』には、信長が「白山権現(の名において)、汝に誓う」と言ったとあります。

(左)織田信長拝領の軍配 県・重文 長瀧 阿妙院 所蔵(右)織田信長拝領の膳椀 県・重文 長瀧 阿妙院 所蔵

義経・弁慶をかくまった秀衡。熱心な白山信者だった

郡上市石徹白に、藤原秀衡の寄進と伝わる金銅虚空蔵菩薩座像があります。秀衡は白山信仰の修験者たちが築いてきた情報網や拠点を駆使し、義経、弁慶を伊勢・美濃から平泉に逃したのでは!?と言われています。

金銅虚空蔵菩薩座像 国・重文 平安時代末石徹白大師堂所蔵

葛飾北斎も訪れた「阿弥陀ケ滝」

葛飾北斎の版画「諸国瀧廻り」の全8図の中に、白山信仰の霊場のひとつ「阿弥陀ケ滝」が描かれています。阿弥陀ケ滝は、「日本の滝百選」にも選ばれた落差約60メートルの名瀑です。

諸国瀧廻り 『木曾路ノ奥阿弥陀の滝』

家康の起請文は長滝白山神社発行

武士間の契約の時に交わす「起請文」。家康は三河松平の頃から、長滝白山神社発行の「白山瀧宝印」の誓紙を起請文として使用していました。ちなみに秀吉の起請文は熊野三山発行。

(上)白山牛王宝印版木 若宮修古館 所蔵 (下)徳川家康起請文 神奈川県立歴史博物館 所蔵

白山の神託を受ける踊りが郡上おどりのルーツ!?

白鳥の古社に「拝殿踊り」と呼ばれる、郡上の盆踊りの原型が伝えられています。神聖な拝殿の板床に下駄ばきで上り、笛や太鼓や三味線などのお囃子は無く、唄声と手拍子、そして下駄の響きのみで行います。下駄でふみ鳴らすことで、悪霊を追い出し、地の神々を呼び起こします。その姿は白山修験者との関わりを感じさせるものがあります。

一緒に巡りたい円空スポット

円空は自分と母の間に白山の神様を彫った

円空は生涯に12万体の仏を彫ったといいます。円空仏は全国に点在しますが、泰澄の足跡と重なることから、梅原猛は円空を白山信仰の修験者のひとりであると指摘しています。高賀神社は円空とゆかりが深く、洞戸円空記念館には30体の円空仏があり、中でも最高傑作の一つ、一木三尊像があります。一本の木から自分を見立てた善財童子、母の善女竜王、それを抱くように白山の御本尊十一面観音像を掘り出しています。

十一面観音三尊像

十一面観音三尊像 関市洞戸円空記念館所蔵

美並ふるさと館

初期から晩年にかけての円空仏が並ぶ資料館。隣接する星宮神社や周辺寺社、個人宅で所蔵されてきたものなど、年代別に展示されています。初期の端正な作りから、ダイナミックなものへと作風の変化を見ることができます。


TEL.0575-79-3440
住/郡上市美並町高砂1252-2
営/10:00~16:00(最終入館15:30)
休/月曜日(祝日の場合翌日)、年末年始
料/高校生以上210(150)円、小・中学生100(50)円※(20名以上)
P/70台
交/東海北陸道美並ICより車15分

関市洞戸円空記念館

円空は度々この地を訪れ、最後の作である「歓喜天像」を彫ったと伝えられています。高賀神社に隣接する記念館には、1本の木から「善財童子」「十一面観音」「善女龍王」を彫った一木作り三像など、数多くの円空仏が展示されています。


TEL.0581-58-2814
住/関市洞戸高賀1212
営/9:00~16:30
休/月曜日(祝日を除く)、祝日の翌日(土日祝を除く)、年末年始
料/高校生以上200円
P/10台
交/東海北陸道美濃ICより車40分

関市円空館

円空が最晩年を過ごした池尻にあります。自刻像といわれる「善財童子」をはじめ、隣接する池尻白山神社や関市内の寺社などの円空仏を約30体展示しています。お土産には一体ずつ表情が違う手彫りのキーホルダーを買うことができます。


TEL.0575-24-2255
住/関市池尻185 営/9:00~16:30
休/月曜日(祝日を除く)、祝日の翌日(土日祝を除く)、年末年始
料/高校生以上200円 P/30台
交/東海環状道関広見ICより車5分